1775年4月14日、ゲイジは本国の国務大臣ダートマス伯爵の指示を受け取った。それはコンコードに武器を隠していると思われる反逆者を武装解除し、その指導者を投獄せよというものだった。ダートマスはゲイジにいくらかの裁量の余地を与えた。
4月16日の朝、ゲイジはミッチェル少佐に命じて約50名の騎馬偵察隊を周辺の田園地帯に派遣し、おそらくは馬を乗り回している愛国者の伝令を拘束するようにし向けた。この偵察隊の振る舞いには過去にボストンから送り出された時とは異なるものがあり、暗くなっても帰らず、旅人にはサミュエル・アダムズやジョン・ハンコックの居場所を尋ねた。このことで地域住民には警告を与えその準備を強化させることになったが、イギリス軍はそこまで意図していなかった。特にレキシントンの民兵は、ボストンからの伝言は来ていなかったものの、その夕刻には兵士を召集し始めた。ある農夫は暗闇になっていたのでイギリス軍の偵察兵を仲間の男と見誤り、「正規兵がやってくるのはいつなのか聞いているかい?」と尋ねた。農夫は頭を刀で切られた。
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4月18日の午後、フランシス・スミス中佐はゲイジの命令書を受け取ったが、それには彼の部隊を連れ出すまでは中を読むなと言う指示も付いていた。その命令は、「最速でかつ隠密裏にコンコードへ向かい、あらゆる軍需物資の保管所を確保し破壊すること。しかし兵士達には住人を襲ったり個人財産を侵したりしないように言い含めること」となっていた。ゲージは明らかに自分の裁量を考え、反逆者達の指導者を逮捕するための文書は発行しなかった。